いさ進一公式ブログ 衆議院議員 党国会対策副委員長 党青年委員会副委員長 党大阪府本部副代表 衆議院小選挙区大阪第6総支部長

憲法96条の私の考え方

2013.05.03

96条の「憲法改正手続き」については、党内議論においても意見を言わせて頂きました。時代の変化、社会情勢の変化とともに、現行憲法では不十分なところ、修正が必要なところもあるでしょう。新しく加えるべきところは加え、変えるべきところは変える。これが、基本的なスタンスです。しかし、そうした具体的な中身の議論が熟さないまま、単に、「変えやすくしましょう!」という議論には、少し違和感を覚えます。

そもそも憲法とは何か。「国会」がつくる法律が、「行政」を通じて、個人や企業、国民を縛るのに対して、憲法とは、その「国会」や「行政」をしばるもの。為政者や国家権力が、暴走したり、恣意的な統治をしたりしないよう、国民の「道具」として、国家を縛るものです。憲法によって縛られる存在である「政治」が、政治の要件のところのみ緩和しましょうという点について、疑義を感ぜざるを得ません。

憲法とは、日々行われる、国家の意思決定、運営を支える基本原理です。日常的な政治過程を支える基本原理を、日常的な政治過程の手の届かないところに隔離する、それが憲法の重要な役割です。だからこそ、総議員の「3分の2」という、通常の法律改正よりも厳しい条件を課しているのであって、法律改正より難しいと言う、この「硬性」のところに、96条の大きな意義があるのです。

そもそも、半分をかろうじて上回った憲法改正の発議なら、国民投票で半数を上回るかどうかは、「出たとこ勝負」となります。そんな仕組みにしてしまって、本当によいのでしょうか。憲法改正は国の基本にかかわる重要問題であるがゆえに、本来であれば、国会の合意形成に誠意を尽くし、その過程を国民に示して、できる限りのコンセンサスを得る。そのうえで、国民主権原理に基づく国民投票で民意を確認する。その過程を担保するのが、「3分の2」という発議要件です。国民投票をしてみないと、結果が分からないような、「ぎりぎり」の国民投票となるような、発議要件にはすべきではありません。

日本の憲法は、世界水準から見ても、「硬」すぎるんでしょうか?条件が厳しすぎるんでしょうか?そんなことはありません。例えば米国では、改正の条件は「連邦議会各院の3分の2の賛成で発議、4分の3の州議会の承認」となっています。日本よりも、条件が厳しいのです。しかしこれまで、既に18回も改正されてきました。また、ハードルが高いと言われるスイスも、だいたい年2回、憲法が改正されています。申し上げたいのは、日本国憲法が改正されてこなかったのは、改正の条件が厳しいからではないんです。憲法のどこをどう変えるべきという議論が、これまで煮詰まらなかったから、合意形成がなされなかったから、憲法改正が無かったんです。大事なことは、中身の議論です。憲法のどこをどう変えていくか、この議論なしに、「まずは変えやすくしましょう!」というのは、筋が違うと思います。

これまで公明党は、「加憲」という表現をしてきました。回りくどいように聞こえるのであれば、「改憲」と理解して頂いても良いと思います。その心は、既に国民のみなさまの間で定着している憲法の精神は守る。そして、時代の流れにあわせて、必要なものは加え、また変えていく。しかしその、ルール(96条)はルールであって、プレーヤーがルールをいじるべきではない。そう思います。

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