いさ進一公式ブログ 衆議院議員 党国会対策副委員長 党青年委員会副委員長 党大阪府本部副代表 衆議院小選挙区大阪第6総支部長

シリーズ 平和安全法制④ 「徴兵制になるの?」(専門レベル:中)

2015.06.24

 シリーズの第4弾となる今回は、「徴兵制」を取り上げたいと思います。
 これまで書いていて、専門レベル「低」のテーマがなかなか出てこないのが心苦しくもあります。できるだけ分かり易く書こうともしているので、「専門レベル分け」って、あまり意味ないですかね?

 現在、憲法違反とされている「徴兵制」も、今後、可能になるのではないか。民主党の岡田代表はじめ、民主党の議員は、何度かこの「徴兵制」を議論に持ち出しています。自分の意思に反して、「徴兵制」によって武器を持たされる。私自身、二児の父親として、そういう日本にはしたくないと、強く思います。
 民主党議員の意見はこうです。
「「集団的自衛権」だって、できないと言いながら、限定的に容認した。なら、「徴兵制」だって、そのうち「限定的」などといって、できるように解釈変更するのではないか。」。私は、この考え方は、まったく理論的でなく、国民の不安をあおるためだけの議論だと思っています。

 まず、なぜ「徴兵制」が憲法違反かを考えてみましょう。
日本国憲法第18条には、こう書かれています。
「第18条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。」
 つまり政府が、日本国民に、「その意に反する苦役」を強いることは、憲法違反です。「苦役」と書いているので、ひどくつらい仕事、苦痛をともなう仕事のようなものと思われがちですが、そうではありません。憲法は、もっと広く解釈されています。つまり、政府によって「本人の意思に反して強制されるもの」は、どんな仕事であっても憲法違反としています。(「憲法第18条に関する質問」に対する答弁書 昭和56年3月10日)
 これが、「徴兵制」が憲法違反と言われる根拠です。

 では、「集団的自衛権」はどうかというと、憲法9条と憲法13条の二つが、関係しています。「陸海空軍その他の戦力」を認めないとして、自衛隊のような組織をもつことすら禁じているように読める「憲法9条」。一方で、かといって国民の「生命、自由及び幸福」をしっかりと守れ、必要な措置をとれと政府に命じている「憲法13条」。憲法制定より70年近く、この二つの条文の間の、どこに適切な解釈があるのか、国会で議論を積み重ねてきました
 実は、憲法制定時、政府は自衛隊すら「違憲」と判断していました。当時の吉田茂首相は、こう答弁しています。「新憲法第9条第2項において一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、交戦権も放棄した」(衆議院本会議 昭和21年6月26日)。つまり、「集団的自衛権」どころか、「個別的自衛権」、「自衛隊」のような存在も、「違憲」としていました。それが、1950年の朝鮮戦争の勃発により、政府は考え方を変えます。「武力なしといえども自衛権はある」(参議院本会議 吉田総理 昭和25年1月30日)
 その後、自衛隊が認められることとなり、さらには、日本に駐屯する米軍であれば、自衛隊は米軍を守ることができる、となりました。一見、「集団的自衛権」のように見えますが、たとえ米軍のために自衛隊が戦っても、在日米軍なら「集団的自衛権」ではなく、「個別的自衛権」だ、とったのです(衆議院内閣委員会 赤城防衛庁長官 昭和34年11月20日)。そして今回の法案では、現在の憲法の下であれば、もうこれ以上は拡大できないという線、自衛隊が動けるギリギリのライン、「自衛の限界」を決めました。その一部に、きわめて「限定的」に、「集団的自衛権」が一部、認められました。
 何が言いたかったかというと、「集団的自衛権」どころか、そもそも「自衛権」というもの自体が、憲法第9条と第13条の間で、どこが正しい線引きなのか、その時代にあわせて、議論を積み重ねてきたんです。つまり、「自衛権」の問題は、「戦力の放棄」をうたう第9条と、「国民を守るために必要な措置をとれ」という第13条。この相反するように見える二つの条文があるせいで、憲法制定後、70年近くにわたって、自衛隊はどこまでできるのかという議論が、必要だったのです

 ところが、「徴兵制」は、そんな議論の変化はありません。先ほど申し上げた、18条を根拠とする考え方について、政府の中で変化してきたことはありません。それは、「自衛権」の議論と異なり、「徴兵制」の議論では、相反する条文の対立が無いからだと思います。関連する規定は、憲法第18条であって、それ以外に「徴兵制」を認めると読めるような、第18条と相反するような条文が無い。そうである以上、議論の変わりようがないんです。
 さらにいえば、民主党のいう「限定的」徴兵制というものが、そもそも何を意味するのかが、全くわかりません

 ここまでは、憲法の考え方からして、「徴兵制」は今後も許されない、ということを述べてきました。それでは、「徴兵制」にしようという、政策的な必要性があるんでしょうか。解釈を変更して、「徴兵制」を「合憲」としたいくらい、「徴兵制」が必要となるような状況が、今後、出てくるんでしょうか。この点について、最後に少しだけ触れたいと思います。
 いまの自衛隊は、陸も海も空も、ハイテクの塊です。そしてそれは、自衛隊に限らず、どの先進国においても、近代の実力組織(軍隊)というものは、そのハイテクを使いこなせなければ成り立たないんです。武器や武装に限らずに、輸送機にしても重機にしても、こうしたハイテクを使いこなせるようになるまで、相当の訓練、時間、労力が必要です。つまり、防衛の装備というのは、「徴兵制」によって限られた時間だけ隊員となり、しかも強制的に連れてこられた隊員が、簡単に使えるようなものではないんですそういう意味からすれば、近代の実力組織において、「徴兵制」を取り入れる意味合いは、ほとんどありません。そして事実、こうした考え方から、フランスもドイツも、これまで行ってきた「徴兵制」をやめることになったんです。

 以上、「徴兵制」は、たとえ「学者」と呼ばれる方々が、憲法上可能だと言ったとしても、実際に憲法の下で国を動かしてきた政府、あるいは国会の議論からいえば、「違憲」であるとはっきり申し上げます。そしてこの考え方は、説明させて頂いた通り、これまでも変わらなかったし、これからも変わることはありません。

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