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186-衆-安全保障委員会-8号 平成26年06月06日

今津委員長代理

次に、伊佐進一君。

伊佐委員

おはようございます。公明党の伊佐進一です。

冒頭、大臣に質問させていただきたいと思います。集団的自衛権についての議論であります。

今のこの十五事例、与党の中で協議を一つ一つ進めさせていただいているところですが、さまざまな議論の結果、この中で、もし集団的自衛権がどうしても必要だというような事例が一つでもあった場合、例えば、そういう場合には即、憲法解釈の変更が必要だという方もいらっしゃいます。でも果たして本当にそうなのかどうかということについて、私は今回、抑止力とリスクのバランスをどう考えるかということについて、冒頭、大臣に質問させていただきたいと思っております。

集団的自衛権の行使に積極的な方々の理論はどうかといいますと、これはまずメリットとして抑止力が高まる。つまり、日米の安保体制が強化されて、この緊密な姿勢を対外的にも示していくということで抑止力が高まるんだ、戦争をなかなかしかけられなくなるんだ。これが抑止力の論理だと思います。

では、集団的自衛権の行使に慎重な方々は何を考えているか、何を一番心配されるかというと、リスクだと思います。そのリスクというのは、一つは巻き込まれるリスクです。他国の戦争に自国も巻き込まれる可能性が一段と高まる。そしてまた一つは、安保環境の緊張が高まるリスク、つまり安全保障のジレンマと言われるものです。我が国の安保体制をより強化することによって、もしかすると敵対するほかの国も安保体制を強化してくる、そして、よりリスクが高まっていく。この安全保障のジレンマというリスクも考えられるわけです。

この抑止の効果とリスクのどっちが大きいかということなんですが、今、十五の事例を議論する中で、もしかすると、一部は運用の問題で解決できるかもしれない、一部は警察権で解決できるかもしれない、一部は個別的自衛権、現行の解釈で解決できるかもしれない。その議論の結果、もし一部、集団的自衛権でしか解決できないというものが出てきた場合、これはさまざまあるシチュエーションの中で一部なわけです。さまざまな議論のほんの狭い事例を担保するために集団的自衛権を可能とするということで、これによって果たして抑止力という観点ではどれぐらい高まるのかということが一つの議論だと思います。

では、リスクはどうか。我が国が集団的自衛権を行使できるということになった、そのときに巻き込まれるリスクがどれぐらい高いか、あるいは安全保障のジレンマと言われるリスク。私は、リスクの方がなかなか全然大きいんじゃないかなと思っております。

そういう意味では、集団的自衛権を可能とすることで抑止力の方がリスクよりも高いと説明することはなかなか難しいのではないかと私は思います。

大臣にお伺いします。

この集団的自衛権の行使によって、抑止力とリスクのバランス、どちらが大きいとお考えでしょうか。

小野寺国務大臣

この議論の前提となっているのは、我が国の国民の生命財産、領土、領海、領空を守るということの中で、実際どのことに問題として直面するんだろうかというところが実はスタートだと思います。ですから、今の与党間で行われている議論の中でも、例えば我が国に安全保障上重大な問題がないような状況での想定というのは、十五事例の中でもないんだと思います。あくまでもこれは、我が国に対しての影響があると。

たまたま米艦防護の例がございましたが、あの防護の例を私は見ておりますと、これは、我が国の安全のために出ているアメリカのイージス艦に対して我が国がどう防護するか、そういう議論からスタートしていますので、例えば全く我が国に安全保障上影響がない中で、今の事例の中で、これをしなければいけないというような例はないんだと思います。

あくまでも、これは我が国に対して、このまま見逃すと我が国の安全保障上あるいは我が国の国民の生命財産に大きな影響がある可能性が高い、そのときにどうするかという議論ですので、例えば何もしなかったらリスクはないのかというと、実は、何もしないことによってむしろリスクが高まる、そういうこともあるというのが今回の例だというふうに理解していますので、確かにバランスは大切だと思いますが、まずこの問題のスタートをよく私どもとしては認識するということを私は考えております。

伊佐委員

ありがとうございます。

バランスがどうなのかということをしっかり冷静に丁寧に議論する必要があると思いますので、しっかり我々も議論していきたいと思います。

次に、この十五事例の議論の中で少し懸念に思っていることがございます。それは何かといいますと、先日、予算委員会で安倍総理への質問の中でこういうくだりがありました。火事の話があったんです。何かといいますと、隣の家が火事になった、隣の家の火事がどんどん大きくなっている、もしかすると我が家に燃え移ってくるかもしれない、そういう状況の中で、燃え移ってくる前、まだ隣の家のぼやの段階で一緒に消火できる、そういう手段、カードというものを持っていてもいいのではないかという質問がございました。

これは何を意味しているかといいますと、いわゆる先制攻撃です。つまり、まだ我が家に燃え移っていない、その燃え移っていない段階で、それに対してどう対処できるか。いわゆるプリエンプティブアクションと言われるものですが、差し迫った危険がある、それを防ぐために武力をもってそれを講じることができるかどうかという議論を誘発するのではないかと思っております。

そこで、法制局に伺います。

我が国が先制攻撃を行うということは認められているでしょうか。

横畠政府特別補佐人

政府は従来から、我が国の自衛権の発動が許されるのは、我が国に対する武力攻撃が発生した場合に限られるとしております。ここに言う武力攻撃が発生した時点とは、我が国に対する武力攻撃のおそれがあるだけでは足りないが、攻撃による現実の被害の発生まで要するものでもなく、武力攻撃が始まった時点、すなわち相手方が武力攻撃に着手したときという意味であると解しております。

我が国に対する武力攻撃が発生していない段階で、我が国が武力の行使を行うことはできないと解してきております。

なお、あくまでも一般論として申し上げるわけでございますけれども、いわゆる集団的自衛権の行使は、自国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃の発生を要件としておるところであり、いわゆる先制攻撃の問題とは異なると理解しております。

伊佐委員

ありがとうございます。

先制攻撃というのは認められていないと。先ほど着手の話もありましたが、着手した段階で認められるというのは、あくまで着手自体が武力攻撃だというふうに認定できるからだと思っております。

ところが、今この議論の中で、先制攻撃的な考え方というのが随所に見られるのではないか。例えば、安保法制懇の報告書の中でも、集団的自衛権の行使の要件ということで、当然、我が国に対して直接の攻撃はないと。その上で、我が国への直接攻撃に結びつく蓋然性が高いとか、あるいは我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるというようなことが示されているわけです。つまり、先ほどの火事の例もそうなんですが、極めて先制攻撃に近いような議論がなされているんじゃないかなと思っております。

ぼやの段階でとめるような手段を持つべきだという質問に対して、そのとき総理は明確には答えておられませんでした。

そこで、外務副大臣にお伺いしたいと思います。

よもやこの集団的自衛権の議論の中で、先制攻撃というものが可能となるということはないんだということを明確に御答弁いただきたいと思います。

岸副大臣

多少繰り返しになる部分もありますけれども、集団的自衛権とは、国際法上、一般に、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止することが正当化される権利と解しておるところでございます。

集団的自衛権は、国連憲章第五十一条に明確に規定されております。今日では、国家が有する国際慣習法上の権利であると考えられておるわけでございますが、国際法上、集団的自衛権を行使するためには、先ほども答弁がありましたけれども、武力攻撃を受けた国の要請または同意が必要である、すなわち、武力攻撃の発生が集団的自衛権の行為の前提になるわけであります。

集団的自衛権の行使が容認されることにより、いわゆる先制攻撃が可能となることはない、こういうことでございます。

伊佐委員

今、十五事例で武力行使に当たり得る例として挙がっているのは、先ほど長官も強調されました、なおの後で、米軍が武力攻撃を受けた後の段階の話だと。つまり、国連憲章五十一条のもとでの自衛権の話だというのが、今の事例の話であるはずなんです。ところが、例えば米国がこれまで歴史上この国連憲章五十一条に基づいてだけ戦争をしてきたかというと、決してそうじゃない。

例えば、一番最近のイラク攻撃、二〇〇三年、これも何で攻撃が始まったかというと、まさしくプリエンプティブアタックです。つまり、先制攻撃で戦争が始まっているわけです。ベトナム戦争だってそうです。これも、トンキン湾事件というのがあって、いわゆるでっち上げで戦争が始まっている。こういうようなリスクが非常に高いと私は思っております。

そういう意味では、今の十五事例の議論を聞いて、また国会の質疑とか火事の例を聞いていて、どうしても、国連憲章五十一条の話だけではなくて、もしかすると先制攻撃、こういうような構図に踏み込んでしまうんじゃないかというような不安を感じていらっしゃる方々もいると思いますので、あえて質問させていただきました。

次の質問をさせていただきます。

スケジュール感の話です。これは、安倍総理も高村副総裁もたびたび、期限ありきではないというようなことを明言されております。

安保法制の議論を急ぐべきだとおっしゃる方々がよく理由として挙げられるものは日米ガイドライン、このガイドラインをこの十二月末までに何としても決めなきゃいけないんだ、だから急がなきゃいけないんだという方々がいらっしゃいます。

そこで、質問させていただきます。このガイドラインの改定、絶対に本年十二月までじゃないとだめだという理由はあるんでしょうか。

〔今津委員長代理退席、左藤委員長代理着席〕

徳地政府参考人

お答え申し上げます。

今の日米防衛協力のための指針、これができましたのは一九九七年、いわば冷戦終結から間もないころでございます。そのころからもう既に十七年近くがたっているわけでございます。国際情勢、我が国を取り巻く周辺環境というのも大きく変わっております。また、自衛隊の役割も、国際協力を初めといたしまして変化してまいりました。それから、自衛隊の防衛力整備面でも、能力面におきましても変化してまいりました。

つまり、当時はまだ、例えば一例で挙げますと、ミサイル防衛システムというものを持っておりませんでした。そして、今後の防衛力整備のプライオリティーといったようなことにつきましても、新しい防衛計画の大綱でこれが決められるといったような大きな変化もございました。また、アメリカの側においても大きな変化がございました。

ということで、今日の国際情勢等を踏まえますと、やはり、アメリカとの幅広い協力のあり方ということについて新しいガイドラインをつくって見直していくということは、まさに喫緊の課題であるというふうに考えておるというところでございます。また、昨年十月の2プラス2で大臣間でお決めいただいた大変重いものであるということでございまして、ことしの十二月までに見直すということはぜひとも必要であると考えております。

伊佐委員

つまり、先ほどおっしゃったように、現行の解釈、現行の法制度の考え方の中でガイドラインを今つくっていますということだと思うんです。これは前の長島委員の質問でもあったと思うんですが、今一生懸命議論している内容というものには触れずに、とにかく現行の考え方、現行のままでガイドラインをつくっていく、このガイドラインに果たして意味があるんだろうかということだと思います。

今議論させていただいているのは、集団的自衛権の話だけではなくて、例えば武力攻撃事態に至っていないグレーゾーンの話であったりとか、後方支援のあり方であったりとか、いろいろな議論をしているわけです。日本が何をどこまでできるか、こういう議論をやっているわけです。

ところが、こういうものを全部置いたままにして、とにかく十二月の締め切りが絶対なんだ、だから、詰めた議論が今現在進行しているのにもかかわらず、とにかく急げと。私は、そうじゃないんじゃないかと思います。逆に、国内でしっかり議論して、国民の皆さんに納得していただける、こういうプロセスこそが最優先だと考えております。

最後に、副大臣から一言いただければと思います。

武田副大臣

御指摘のように、期限、結論ありきではありませんけれども、やはり2プラス2合意というものを我々は重く受けとめて、それに伴った作業というものをしていかなくてはなりません。

しかしながら、今与党間協議も積極的に行われておりますし、そうした検討状況というものを踏まえて、我々はガイドラインの見直しに対処していきたい、このように考えております。

伊佐委員

以上で終わります。ありがとうございました。

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